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水戸地方裁判所 昭和49年(ワ)232号 判決 1981年2月24日

原告

井川邦太郎

被告

中輝孝

ほか一名

主文

1  被告らは各自原告に対し金一〇四六万四〇四二円及び内金九六六万四〇四二円に対する昭和四六年七月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告、その余を被告らの負担とする。

4  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し各自金一五五三万三九〇一円及び内金一四一二万一九二九円に対する昭和四六年七月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (交通事故の発生)

(一) 発生日時 昭和四六年七月二一日午後五時一〇分頃

(二) 発生場所 茨城県東茨城郡美野里町大字堅倉地内通称巴橋附近国道六号線上

(三) 加害車両 被告広瀬盛衛所有、被告中輝孝運転にかかる大型テレビ中継車(臨時進行許可番号足立三一五五号、以下被告車という。)

(四) 事故の態様 原告が自転車を運転し、水戸市方面から石岡市方面に向け進行中、原告の後方を原告と同方行に進行していた被告車が道路左側を進行していた原告に衝突

(五) 事故による原告の受傷

頭部打撲裂創、脳挫傷、右踵部擦過傷

2  (責任原因)

被告中は、前記場所を時速約五〇キロメートルで進行中、被告車の後方から茨城県警のパトロールカー(以下本件パトカーという)が、追越しをかけてくるのを認め、また被告車の前方には原告の自転車が進行していたのを認めたのであるから、適宜減速し、右自転車及び追越し車の動静に注視するとともに、対向車の有無を確認しつつ進行し、追越し車両の追越しが終り被告車進路前方に進入しようとするときには、ハンドル、ブレーキを的確に操作して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然前記速度で進行し、追越し車が被告車前方に進入した際、狼狽して左に転把した過失により本件事故が発生したものであるから、民法七〇九条による責任がある。

被告広瀬は、被告車の保有者で、被告車を自己のため進行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)三条により、また本件事故は被告広瀬の設置する千代田電子技術学校の事業の執行中に生じたものであるから、民法七一五条により本件事故による損害を賠償すべき義務がある。

3  (損害)

原告は本件事故による傷害の治療のため、昭和四六年七月二一日から同年一二月七日までの一四〇日間、昭和四七年八月一六日から同月三一日までの一六日間入院し、それ以外は通院を続けている。

(一) 休業損害 二一〇万七二七一円

本件事故のため原告は昭和四六年七月二一日から昭和四七年五月三一日までの一〇か月と一〇日、同年八月一六日から同月三一日までの一六日間小間物、卸、小売、日新火災海上保険会社代理店の営業を、同年六月一日から同年八月一五日までの二か月と一五日間は、小間物化粧品の卸(小売は妻が行なつた)及び右代理店営業を休むことを余儀なくされた。

卸売の一日の売上は一日三万円、その利益は二割の六〇〇〇円、一か月二〇日卸をしていたので一か月の利益は一二万円で、小売の利益は一日の売上四〇〇〇円の三割一二〇〇円、一か月三万六〇〇〇円である。また、代理店手数料は一か年一〇万〇六三八円、一か月八三八六円である。これに従つて休業による損害を計算すると、合計二一〇万七二七一円となる。

(二) 労働能力喪失による逸失利益 一〇七四万一四一九円

原告は明治四二年五月二六日生れで、事故当時六三歳であつたので、就労可能年数は七年であるところ、本件事故による傷害は昭和四七年八月三〇日症状固定したが、後遺症として知能低下、運動機能低下、精神に著しい障害が残り、日常生活に支障があり、終身労務に服することができない。右後遺症は後遺症害等級の三級に該当し、その労働能力喪失率は一〇〇パーセントである。原告の前記計算による卸小売、代理店営業による年収は、一八二万八六三八円(ただし小売による収入は一日八〇〇円とする)であるから、これに七年のホフマン係数五・八七四を乗じた前記金額が逸失利益である。

(三) 慰謝料 四三〇万円

入通院中のもの一二〇万円、後遺症に対するもの三一〇万円

(四) 治療費 五九万五一五八円

(五) 家政婦費 一八万一六七二円

(六) 附添人交通費 一〇万三九四〇円

(七) 通院費 四万三二五〇円

(八) 電話代 一万六五二〇円

(九) 入通院中の物品購入費 七万四二八九円

(一〇) 氷代 二万八四六五円

(一一) 栄養補給費 三万九九二四円

(一二) 入院中の食費 一〇万七二〇〇円

(一三) 病院関係者に対する謝礼 三万八八三〇円

(一四) 特殊費用 一万一二〇一円

(一五) 入院附添費 二一万一〇〇〇円

(一六) 通院附添費 六万円

(一七) 損害の填補

以上(一)ないし(一六)の合計は、一八六七万七一〇七円となるところ、被告から三三万五三七八円の一部弁済、強制保険から四二二万円の給付を受けられたので、これを差引くと一四一二万一七二九円となる。

(一八) 弁護士費用 一四一万二一七二円

原告は、被告らが任意の弁済に応じないので、本件訴訟代理人に訴訟追行を委任し、これに対する手数料、謝金等として取得金額の一割相当を支払う旨約した。

4  よつて被告らに対し各自一五五三万三九〇一円及び内金一四一二万一七二九円(弁護士費用を除いたもの)に対する昭和四六年七月二一日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、事故の態様は争う、原告の受傷の部位は不知、その余の事実は認める。

2  同2の事実中、被告中が当時約四五キロメートルの時速で進行していたこと、被告車の後方より緊急自動車でない茨城県警の自動車が追越しをかけたこと、被告車の前方に原告運転の自転車が進行していたこと及び被告広瀬が千代田電子技術学校を設置していたことは認めるが、その余は争う。

3  同3の損害額はいずれも争う。ただし、自賠責保険金による損害の填補及び被告らの一部弁済は認めるが、その額は後記のとおりである。

三  抗弁

1  (免責)

本件事故は、本件パトカーの速度違反、違法な追越し運転等により発生したもので、被告らに何らの過失がなく、自動車の構造上の欠陥または機能の障害により発生したものではないから、被告らに責任はない。

(一) 本件事故は、千代田学園(千代田電子技術学校ほか数校の総称)在籍の学生有志で結成している放送クラブ(責任者秋山卓男)が、高萩市の国際電信電話株式会社の衛星通信所見学からの帰り途に発生したものである。当日同クラブは学園からスカイラインライトバン一両、大型テレビ中継車二両を借受け、千代田電子技術学校の教員である被告中は右催しに個人の資格で参加し、大型テレビ中継車(被告車)を運転していたものである。

(二) 事故当時、平野洋志の運転するスカイラインライトバン(以下平野車という)、被告車及び栗原勝利の運転する大型中継車(以下栗原車という)の順序で、時速約四五キロメートル、車間距離は平野車と被告車が三五ないし四〇メートル、被告車と栗原車が約二、三〇メートル位とつて進行し、各車両は無線により連絡し、情報を常時交換していた。

(三) ところが、事故現場附近にさしかかつたとき、緊急自動車でないのに時速一〇〇キロメートル近い高速度で茨城県警察本部交通部交通指導課交通機動隊所属小泉浩の運転する本件パトカーが栗原車の後方から接近し、対向車を顧慮することなく不意に追越しにかかつたので、栗原車は被告車に連絡した。右パトカーは一たん被告車と栗原車の車間に左転把したと見えたが、直ちに右転把して被告車の追越しにかかり、被告車の右側を高速度で追い越し、対向してトラツクが進行してくるのを発見し、十分な車間距離をとらないまま突如、左転把して被告車の直前に割り込んで急制動をかけた。被告車は急制動するとともに若干左転把を行い、直ちに右転把してわずかに追越しパトカーとの衝突を避け得たが、折柄道路左側を同方向に自転車で進行中の原告に自車左前部の方向指示器を接触させ、本件事故が発生した。従つて本件事故は、本件パトカーが違法な追越し、割込みをし、その直前に他車の進行を見て、あわてて急制動をかけて被告車の運転を妨げたことによるものである。

2  (被告広瀬の運行供用者性欠如)

被告車の運行は、学内自動車使用要領に基づき放送クラブが学校の使用許可を得て運行していたものである。そして右要領によれば、学校業務以外の学生のクラブ活動等のため自動車を使用するときは、その維持費等についてその都度指示することが定められており、本件では放送クラブの負担とすると指示されている。また、本件のように学校業務以外に使用されている場合には、車は学校の管理をはなれ、使用許可をえたものの管理に属する。すなわち、本件において被告車の運行の利益及び運行の支配は放送クラブが有するものであるから、その限度で被告広瀬は運行供用者に当たらない。

3  (営業譲渡による責任の消滅)

仮に被告広瀬に責任があつたとしても、被告広瀬は昭和四七年一月七日従来の個人の教育事業にかかる一切の施設財産を学校法人千代田学園(以下訴外法人という)に寄附して、同法人を設立し、登記を完了した。これは営業譲渡にあたるから、被告広瀬の賠償債務は訴外法人に移転し、商法二九条により二年を経過した昭和四九年一月六日をもつて被告広瀬の債務は消滅した。

4  (損害の填補及び弁済)

原告は、自賠責保険により四四二万円、健康保険により六二万七一〇二円の保険給付を受け、被告広瀬または訴外法人は原告に対し八七万一八七六円を立替支出したことにより、原告は合計五九一万八九七八円の損害を填補されている。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2は争う。被告中は被告広瀬の設置する千代田電子技術学校の教員で、被告車は学校の許可に基づき事故当日の一日のみ使用を許可されていたものであるから、学校の管理の下におかれていたものというべく、被告広瀬は被告車の運行について支配権を有していたものであり、その経営する学校の教育事業の一環としてなされた行事の目的のため被告車は使用されていたものであるから、運行利益も被告広瀬に帰属する。

3  同3は争う。私立学校法には商法二九条に類する何らの条文もなく、教育事業を営業と同一視する前提自体問題である。

4  同4のうち、原告の主張に反する部分は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実(ただし、事故の態様、原告の受傷を除く)及び事故直前、被告車の後方から緊急自動車でない茨城県警の自動車(本件パトカー)が追越しをかけたこと、当時被告車の前方に原告運転の自転車が進行していたこと及び被告広瀬が千代田電子技術学校を設置していたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実に、成立に争いのない甲第六号証の一ないし六、第七号証の一、二、第九号証ないし第一六号証、証人小泉浩(後記認定に反する部分を除く)、同栗原勝利、同平野洋志の各証言、被告中輝孝本人尋問(後記認定に反する部分を除く)の結果を総合すれば、次のような事実が認められる。

1  本件事故現場は歩車道の区別のない幅員一〇・九メートルのほぼ南北(南は石岡方面、北は水戸方面に通ずる)に走るアスフアルト舗装道路で、直線、平担で見通しはよく、道路両側は水田となつている。

2  被告中は、当時千代田電子技術学校の教員であつたが、事故当日千代田学園の学生有志の結成にかかる放送クラブの主催による国際電々のジヤンボアンテナ見学及び実習からの帰り途、被告車を運転南進して事故日時ごろ事故現場にさしかかつた。当時、見学に参加した教員、生徒は三台の車に分乗し、先頭は平野洋志運転のライトバン(平野車)、それに続き被告車、その後に栗原勝利運転の大型テレビ中継車(栗原車)が、いずれも時速約四五キロメートルで進行し、平野車と被告車との距離は約四〇メートル、被告車と栗原車との距離は二、三〇メートルであつた。事故現場手前(北側)にある巴橋附近で被告中は左前方約一五〇メートルに自転車に乗つて道路左側を同方向に進行している原告を発見した。丁度その時茨城県警察本部交通機動隊佐貫分駐所所属の小泉浩運転の本件パトカーが訓示召集から右分駐所への帰り途、被告車の後方から同方向に進行して来た。右パトカーは先ず時速約七〇キロメートルに加速して栗原車を追越したので、栗原車は無線で被告車にその旨連絡し被告中も後写鏡によつてこれを認めた。本件パトカーは一たん栗原車と被告車の間に入り、さらに被告車を追越すべく同車の右側に出て右パトカーと被告車は一時並進するようになつたところ、前方約一〇〇メートルに対向車が進行して来ていたので、右パトカーは被告車を急きよ追越し、ハンドルを左に切り被告車の前方に入り込んだ。これを見た被告中は危険を避けるべくハンドルを左に切つたが、注意力をパトカーに集中したため、前方の自転車の注視がおろそかになり、またハンドルも左に切り過ぎたため、再びハンドルを右に切り直した時、自車左前方でボーンという音がして、原告運転の自転車に衝突、このため原告は転倒し、頭部打撲裂創、脳挫傷、右踵部擦過傷の傷害を負つたが、本件パトカーは事故に気付かずそのまま行つてしまつた。本件パトカーが被告車の前方に入り込んだ時の両車の距離関係は明らかでないが、実況見分調書では約三・五メートルとなつている。

右認定に反する証人小泉浩の証言、被告中輝孝本人尋問の結果は信用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三  右認定のように、追越し自動車及び前方に進行する自転車のあることを事前に認めたような場合には、自動車運転者として適宜減速し、右自転車並びに追越し自動車の動静、対向車の有無を確認しつつ進行し、追越し車両が自車前方に進入しようとするときには、ハンドル、ブレーキを的確に操作して事故の発生を未然に防止すべき義務があるものというべきであるから、被告中はこれを怠つたもの、すなわち本件事故の発生につき同被告に過失があつたものと認めるのが相当である。もつとも、本件パトカーが、追越し不適当の状況の下に被告車を追越し、被告車の前方に入り込んだことが、本件事故の一因をなしていることに認められるが、そのことの故に被告中に過失がなかつたとはいえない。被告中は、本件パトカーが約三〇センチメートルの至近距離で被告車前方に入り込んだ旨供述し、従つて同被告は他にとるべき方法がなく過失はなかつた旨主張するものの如くであるが、右供述は前掲各証拠に照らし、にわかに信用できない。

してみると被告中は民法七〇九条により本件事故により生じた損害を賠償すべき義務あるものというべく、被告広瀬が被告車の所有者であることは当事者間に争いがないから、運行供用者性欠如の抗弁が認められない限り自賠法三条により同様の義務を負担するものといわねばならない。なお、免責の抗弁は前記のように、運転者である被告中に前記のような過失が認められる以上、その余の点について判断するまでもなく、失当である。

四  被告広瀬の抗弁2について検討する。

証人永井善造の証言により真正に成立したと認められる乙第二号証、第三号証の一ないし四、同証人の証言、被告中輝孝本人尋問の結果を総合すれば、被告車は事故当時、被告広瀬の個人経営にかかる千代田学園の学生有志三、四〇名で結成している学内団体の放送クラブ(顧問は、同校教諭秋山卓男)の催しによる見学、実習のため使用されていたこと、右使用については学内自動車使用要領に基づき放送クラブがあらかじめ使用中の維持費は同クラブの負担との条件の下に学園長の承諾を得ていたものであることが認められる。しかし、右自動車は被告広瀬経営の教育事業の一環と認められる見学、実習のため使用されていたものであるから、運行利益は同被告も有していたものというべく、また右自動車の使用を如何なる者に許可するかは被告広瀬の裁量現実には学園当局に任されていたから、運行支配も未だ被告広瀬にあつたものと認め得べく、本件事故当時同被告が運行供用者性を喪失していたとはいえない。同被告の抗弁2は採用できない。

五  次に抗弁3について検討する。

成立に争いのない乙第一号証、証人永井善造の証言の結果によれば、被告広瀬はその個人経営にかかる千代田テレビ電子学校等の事業設備一切を、昭和四七年一月七日その設立登記を了した学校法人千代田学園に譲渡し、同法人が一切の被告広瀬個人経営当時の債権債務を承継したことが認められる。被告広瀬は右は営業譲渡に当たるから、譲渡人である同被告の本件損害賠償責任は商法二九条の規定により譲渡から二年を経過した時点で消滅した旨主張するが、教育事業が営業と同一視できるか問題であるのみならず、本件損害賠償債務は被告広瀬が被告車の所有者である地位に基づき負担する債務であるから、営業に関して生じた債務とも言い難いので、右抗弁も採用できない。

六  原本の存在及び成立に争いがない甲第四二号証、成立に争いのない甲第一一、一二号証、証人上田裕一の証言により真正に成立したと認められる甲第一七号証の一、二、証人上田裕一、同井川とり、同井川文子(第一、二回、以下同じ)の各証言の結果を総合すれば、次のような事実が認められる。

1  本件事故による傷害のため、原告は事故後直ちに青木病院に入院したが、同年八月三〇日中央病院に転入院し、脳室心身吻合手術(脳室から心臓の心耳まで通ずるシリコンチユーブを皮下に入れ、脊髄の流れをつくる手術)、脳波検査(脳波の異常が認められた)等を受け、同年一二月七日同病院を退院、その後通院治療を受けていたが、昭和四七年八月一六日再入院し、前回の手術で体内に入れたチユーブの周囲に感染層が出来たので、これを除去する手術を受け、同月三〇日症状が固定し退院したが、その後も通院を続け、外傷性のてんかん、けいれん等の発作を止めるための内服薬等の投与を受けている。

2  原告が青木病院に入院したときは昏睡状態であつたが、翌朝昏睡からさめるや、暴れ始め、附添の妻と娘だけで押さえるのがやつとで、特に夕方から夜にかけてひどく暴れるため、昭和四六年八月四日から大内家政婦、中央病院転院後は中村家政婦等をやとつて三人で附添看護に当たり、就職先から弟または親戚の者も交代で看護に当たり、入院中は常時三名位の附添を要した。通院中も原告の妻または娘の附添が必要であつた。原告はその外受傷前にはなかつた奇妙な行動がふえ、感情の起伏がひどく物を投げたり、こわしたりするようなことが多かつた。

3  原告は、現在後遺症として知能障害、軽い失見当識、感情失禁及び運動機能低下が見られ、その回復の見込は少なく、軽い日常生活は自宅内で家族の介助の下に何とかやつて行けるが、それ以上に目的をもつて行動することは難かしい状態にある。

4  原告は事故当時六三歳、妻と次女の三人暮しで家業の小間物、化粧品の卸、小売商を営み、そのかたわら保険代理店をしていたが、本件事故のため昭和四六年七月二一日から昭和四七年五月三一日までの約一〇か月一〇日と、同年八月一六日から同年八月三一日までは全面的に休業を余儀なくされ(妻子も附添のため小売の仕事に従事できなかつた)、同年六月一日から八月一五日までは、卸、代理店営業のみ休業を余儀なくされた。症状固定後も、原告は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができない状態である。

七  右認定に基づき、以下損害額を検討する。

1  休業損害 二一〇万七二七一円

成立に争いのない甲第三七号証、証人井川文子(第一、二回)同井川とりの各証言及び前記認定事実を総合すれば、原告主張のとおり認定することができる。

2  労働能力喪失による逸失利益 六五一万七八一四円

原告の従前の仕事の内容、年齢等を考えると、原告の就労可能年数は症状固定後四年、その労働能力喪失率は一〇〇パーセントと認めるのが相当である。そして年収は、卸売による利益分一四四万円、小売分二八万八〇〇〇円(一日八〇〇円として月三〇日、一二か月分)、代理店手数料一〇万〇六三八円となるから、これに複式ホフマン係数三・五六四三を乗じて中間利息を控除すると六五一万七八一四円(円未満切捨て)となる。

3  慰謝料 四三〇万円

前記認定の受傷の部位、程度、後遺症の状況及び入院中の症状等を総合すれば、少くとも原告主張の合計額四三〇万円が慰謝料として相当であると考える。

4  治療費 五九万五一五八円

証人井川文子の証言及びこれにより真正に成立したと認められる甲第一八号証の一ないし七九(ただし甲第一八号証の二、四、六、八、一一、二七、五九ないし七九はその成立に争いがない)を総合すれば、原告は青木病院、中央病院に対する入院費、治療費として前記金額以上を支出したことが認められる。

5  家政婦費 一八万一六七二円

証人井川文子の証言及びこれによつて真正に成立したと認められる甲第一九号証の一ないし二一を総合すれば、原告の入院中、家政婦を頼み、それに対する日当、食事代、法定紹介料等として少くとも前記金額以上を支出したことが認められる。そして原告の症状に照らせば、右費用は原告の受傷と相当因果関係のある損害と認められる。

6  附添人交通費 一〇万三九四〇円

証人井川文子の証言によつて真正に成立したと認められる甲第二〇号証の一ないし三七、第三一号証ないし第三五号証によれば、少くとも前記金額を要したことが認められる。

7  通院費用 二万六七〇〇円

証人井川文子の証言及びこれによつて真正に成立したと認められる甲第二一号証の一ないし二六によつて、原告が通院のためのハイヤー代として右金額を支払つたことが認められる。

8  電話代

証人井川文子の証言及びこれによつて真正に成立したと認められる甲第二一号証の一ないし四九によれば、同人は本件事故に関し勤め先の電話を利用して連絡ないし照会、調査等をなし、私用電話としてその費用を負担したことが認められるが、右甲号各証が全部本件事故と関係があるかどうかも分らないので、結局本件事故と相当因果関係のある電話代金額についての心証が得られない。

9  入通院中の物品購入費 六万二四〇〇円

証人井川文子の証言及びこれによつて真正に成立したと認められる甲第二三号証の一ないし八六によれば、原告が入通院中、その間の生活の必要のため物品を購入したことが認められるが、入院期間一五六日につき一日四〇〇円の割合による金六万二四〇〇円が本件事故と相当因果関係あるものと認める。

10  氷代 二万八四六五円

証人井川文子の証言によつて真正に成立したと認められる甲第二四号証の一、二によつて、青木病院入院中の氷代として前記費用を支出したことが認められる。

11  栄養補給費 三万円

証人井川文子の証言及びこれによつて真正に成立したと認められる甲第二五号証の一ないし一一〇によれば、原告が入院中病院食をたべないため、牛乳、卵等を購入し、原告主張額程度の金員を支払つたことが認められるが、その中にはカルピス、コーラー等も含まれているので、内三万円が本件事故と相当因果関係あるものと認める。

12  入院中の食費 七万円

証人井川文子の証言及びこれによつて真正に成立したと認められる甲第二六号証の一ないし二二八によれば、原告及び附添人の食事代等としてその主張程度の金員を支出したことが認められるが、附添人は三名以上居たから、前記金額が本件事故と相当因果関係ある損害と認める。

13  病院関係者に対する謝礼

証人井川文子の証言及びこれによつて真正に成立したと認められる甲第二七号証の一ないし一三によれば、原告は医師、看護婦、紹介者、隣室者等に対する感謝の意味で金員を支払つたことが認められるが、右のような費用はその性質上本件事故と相当因果関係あるものとは認め難い。

14  特殊費用 一万円

証人井川文子の証言及びこれによつて真正に成立したと認められる甲第二七号証の一ないし一三によれば、保険金請求に要したコピー代、診断書代、原告の髪そり代及び見舞客の接待費として一万一〇〇〇円余を出費したことが認められるが、そのうち一万円が本件事故と相当因果関係あるものと認める。

15  入院附添費 一五万六〇〇〇円

入院中家族や親戚の者が附添つたことは前記のとおりであるが、家政婦代が先に計上されていること、家族、親戚の者の附添の日数、附添つた者の立証もないことを考慮し、入院日数一五六日間につき一日一〇〇〇円の割合による一人分を認める。

16  通院附添費 三万円

弁論の全趣旨によれば、原告は少くとも六〇回以上通院していること、右通院には附添が必要で、妻または娘が必ず附添つたことが認められるから、一日五〇〇円の割合による六〇日分を本件事故による損害と認める。

17  以上合計一四二一万九四二〇円となるところ、被告らから三三万五三七八円と自賠責保険から四二二万円を原告が受領したことは、原告の自認するところであるから、これを差し引くと九六六万四〇四二円となる。被告らはそれ以上の損害填補を主張するが、一部はこれを認めるに足る証拠なく、一部は本訴で請求していない損害に填補されたことないしは原告自認の受領額に含まれていることが証人井川文子の証言によつて窺知できるから、右主張は採用しない。

18  弁護士費用 八〇万円

本件訴訟の難易、認容額等をしんしやくして右金額が本件事故と相当因果関係のある費用と認める。

八  よつて原告の請求は一〇四六万四〇四二円及び内金九六六万四〇四二円に対する昭和四六年七月二一日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 早井博昭)

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